「暗黙の了解とか、アイコンタクトとか、非言語的な気持ちの伝わり方ってあるけど、やっぱり、伝えるときはしっかり言葉として発しないといけないよね」
なんて、最近つくづく思うなりしてた。
このブログを読んでくださる方なら理解していただけるとは思うのだけど、
私は気持ちを伝えたりするのは得意な方ではないと思う。
それは、自分の気持ちをうまく言語化できてないこともそうだし、自分が思う以上に、伝えることを恐れているところがあるから。
だけど、そんな私でも伝えたいときはある。
そういう時は、非言語的な、表情とかあいまいなもので伝えがちになる。
でもそういうのって、予想以上に伝わらないものだよね。
不機嫌とか、あからさまなものはわかるけど、機微をみて察さないとわからないようなものは、他人には絶対伝わらない。
わかるよ、自分も他人の気持ちを100%察することが出来るかっていったら、やっぱりできないもの。
でも、他人、余計に大事に思っているような人には、特に察してもらいたいって思って、言葉にしないよね。
自分勝手とは思うけど、なんか、言葉で伝えるって、本当に何段階も気持ちの関門があるように思う。
あと、言葉って、言葉通り(と自分のなかで思っているように)には伝わらなかったりするしね。
変に誤解されてしまうより、言葉にはあえてしない方が…と思う気持ちを持つのは、あながち少数派ではない気がする。
だから、本当に、コミュニケーションとか、人に何かを伝えるってことは難しいと思っていたんだよね。
でもさ、思うんだよ。
伝えなきゃ、やっぱり伝わらないよねって。
何かに対して不安な時、憶測ばかり募らせて、正解のない自問自答をしてしまうより、
「これってこういうことだよね?こういうところを不安に思うんだけど」って言葉で言ってみる。
そうすると、憶測よりは、絶対正解に近いものが返ってくる。
怖いよ、何が返ってくるかわからないからね。
でも、自問自答しているときよりは、確実に前進はしているんだよね。
最近、大切な人に、自分をないがしろにされているような気がするときがあって。
すごく切ない気持ちを募らせていたんだよね。
しかも、ないがしろにされていると感じている気持ちも我慢していたしね。
でも、よくよく考えてみると、相手の都合のいいように動いていて、自分の気持ちを我慢させていた自分がいるなって気がついた。
そのとき、ないがしろにさせてしまっているのは自分自身なんだよな、って思ったんだよね。
自分自身の振る舞いで、”ないがしろにされにいっていた”んだよね。
自分が悪いから、って自虐したいわけでなく、
他人は自分とは違う生き物で、自分がこうするから相手もこうなんだ、なんてことなんてないことを、しっかり理解するべきなんだな、って思ったんだよね。
プラス、自分をしっかり守ることも考えていくことも大切。
何が言いたいかって、そういったときに、しっかり言葉で相手に伝えることは、自分を守ることでもあり、同時に相手も尊重することでもある、ってことなんだと思ったんだ。
伝えたい思いがあるときは、しっかり伝えること。
伝えないことはイコール伝わらなくてもいいことになる。
自分は嫌だなとか、こうしたいなとか思う気持ちがあって、伝えなきゃ自分自身をないがしろにされるなら、ちゃんと言葉で相手に伝える。
自分を守ったりできるのは、結局は自分しかいないし、みんな誰かにないがしろにされていい存在ではない。
他人は、案外怖いだけのものじゃないってことも、
言葉で自分の気持ちを伝えることが出来るようになったら、
きっとわかっていくんだろうなとも思う。
いや、私はそう思いたいけどね。
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